科学を伝える

最近は,ほとんどの大学のホームページに,各研究室の紹介や研究室が独自に作成しているウェブサイトを見かけるようになりました。社会に日々の活動の成果を発信する,という目的をもってこうした広報が浸透しているのだと思いますが,果たして本当に効果が上がっているのでしょうか。これは自分の研究室のことも含めて自戒の念を込めての発言ということになりますが,やはり大学の研究室の使命として,広く市民に科学を伝えるという仕事を大きなウェートとしてこなしていかなければならないのかなと最近強く思っています。


どんな大学の先生も,まだ世界中の誰も知らないことについて研究しています。そうでなければ論文が書けないし,論文が書けなければ業績にもならず,業績にならなければ自分の地位が危ない。そういうわけで,大学ではいわば誰もが最先端の研究を行っています。最先端の研究をするためには,いまここが端っこなのだということが認識できなければならないので,いわば今現在の最大限の知識を常に確認している人の集まりが大学です。それによって,大学での教育が高等教育の終点として機能するのだと思いますし,決められたことを正確に教え諭す高校までの先生とは違って,教えることに対して免許も持たない大学の先生が,学生に対して知識を教授できる寄って立つポイントがこの最先端の研究を常に行っているという活動になるはずです。


しかし,それは一般の人から見れば,どこがどう最先端なのかがわからないのが実情で,はたまたそれが,自分たちの将来の生活に役立ってくれるのか否かと半信半疑なのも事実です。なんだか,大学では税金を使ってのんべんだらりと好きに任せて先生たちが遊んでいるのではないかと。そうした疑念はお互いに不幸な結末をもたらしますから,やはりここは「説明責任」を果たすことが大事になってきます。というわけで,今やどこの大学でもホームページにかなりのお金をかけて一生懸命こんなことをやっていますよと宣伝しているというわけです。


でも,と思います。そのホームページのいろいろな研究室に書かれた説明を読んで,何が最先端なのか,どこにそんなにお金をかける価値があるほどすばらしい仕事なのかが分かるのだろうか,と。専門家が見れば,華々しい研究成果を見事に表現しているサイトが世の中にはたくさんあります。でもこれは,大学を卒業し,大学院でさらに専門性を高めようと思っている学生が,どの研究室が自分にふさわしいかと思い悩んでいるときを想定して発信されているようなもので,一般の人が見てもちんぷんかんぷんなことが多いと思います。しかし,それで本当に広く市民に科学を伝えるという大学の役目を果たしているのか。はたまた,次世代を担う若者を科学の世界へ誘う道しるべになっているのか。


大学の研究室で行われている研究紹介は,理想的には中学生の心をくすぐるようなサイトがあちらこちらに存在するような状況でないといけないのかもしれません。それを見た中学生が理科が好きになり,しまいにはその研究室で自分も同じ研究をしたいがためにその大学を目指す。そんな循環が究極の理想だと思います。もちろん,専門的にいえば,中学生を対象に研究内容を紹介しようとすると,いろいろと細かいことで大事なことをどう表現するかということに悩むことになるのですが。そういう発信のノウハウこそが,これからの大学に求められていることであり,事業仕分けであれも無駄だこれも無駄だと吸い上げたお金こそ,そうした将来の日本の基盤を支えるところに新たに投入されるべきだと思います。


最近とあるところで,「中学生のときに岐阜大で見た実験ショーがとてもおもしろくて,岐阜大に入れるように一生懸命勉強したんですよ」と声をかけてきた大学生がいました。残念ながらその子は別の大学に現在在籍していますが,そんな話を聞いて科学を伝えることの大事さを思いました。