谷汲山華厳寺

 秋の深まりと同時に、山が色づき始めて来たことにつられて、久しぶりのドライブに出かけた。目的地は、以前から気になっていた寺でもある、西国三十三所巡礼の札納めの寺、すなわち満願の寺として知られている「谷汲山(たにぐみさん)華厳寺(けごんじ)」。東京に居る頃から、岐阜に行ったあかつきにはいつか行ってみようと思っていた寺ではあったのだが、なかなか腰が上がらず今日になってしまった。しかし、いざ行ってみてびっくり。なんと、我が家から車でわずか30分ほどの距離にあったではないか。こんなに近いのなら、もっと早くに訪れるべきだった。
 観音菩薩は人々を救うため、三十三に姿を変えて現れる、と信じられている。その近畿一円に点在する三十三の観音霊場を巡る旅が、「西国三十三所巡礼」である。平安時代に一般庶民にまで広まったこの巡礼は、後に東国にも受け継がれ、「坂東三十三所巡礼」や「秩父三十三所巡礼」が始まったとされている。ちなみに、弘法大師信仰にもとづく四国八十八箇所巡りは、「巡礼」といわずに「遍路」と呼ばれ、「お遍路さん」といえばこちらの四国のお寺をまわる人のことだけを指している。これは、西国三十三所は札所そのものが聖地だけれども、四国八十八箇所の札所は聖地に対する巡拝所なので、もともと違うものだったことに由来しているそうだ。
 さて、谷汲山華厳寺は、第一番札所の和歌山の那智山青岸渡寺からスタートした巡礼の最後の札所である。紅葉の季節も手伝ってか、それはもう見渡す限りの人の列で、参道の両わきに軒を連ねたお店の人たちも忙しそうに働いていた。もっとも、巡礼の最後といういでたちの人はあまり目立つほどではなく、いまや一般の観光客がどわっと押し掛ける寺になったということだろう。特にこの時期は、このあたりの名産である柿の出荷の最盛期でもあるので、柿目当てのお客さんも大勢居たに違いない。
 まあ、理由はどうあれ、お寺に老若男女織り交ぜた大勢の人が集う光景は、日本人としてなんだかホッとする。特に、谷汲山というおよそ観光地としては無名の土地に、日曜日とはいえ車の渋滞を引き起こすほどの人が集まる光景は、綿々とつづく日本人の血を見たような気がした。
 三十三所巡礼の満願の寺を最初に訪れる精神も、我ながら「日本人」ぽいと思わないではないが。

追記・もっと日本人らしい話・・・北陸に「那谷寺(なたでら)」という寺があるが、この寺の名前は、西国三十三所の第一番那智山の「那」と第三十三番谷汲山の「谷」のそれぞれの一字を取って名付けられた。一ヶ寺で西国三十三所すべてに匹敵するご利益があるという。