フェルマーの最終定理

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

「xのn乗+yのn乗=Zのn乗,nが3以上のとき、この式が成立する整数のx,y,zは存在しない」という「フェルマーの最終定理」。この命題に対して,「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが,余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」という言葉を残したことでも知られている「ピエール・ド・フェルマー」は,1601年の生まれだそうだ。なんとまあ400年近くもの間,世界の頭脳を集めても解けない問題だったとは。この世界中の数学者の頭脳を虜にした命題は,当然のことながら何千という人が生涯(生活)を懸けて挑戦し続けた歴史を抱えていることになる。そしてこの本は,10年ほど前についに証明を果たしたアンドリュー・ワイルズのみならず,果敢に挑戦を続けてはねのけられた人々の波乱に満ちた暮らしぶりを紹介している。


フェルマーの定理を解くために,3世紀に亘って積み上げられた知識は,もちろん僕のような数学の素人がすぐに合点というわけにはいかないけれども,その数学としてのおもしろさが伝わるような解説は,教科書として抜粋しても使えるのではないかと思えるほど。そして何よりも,高い高い塔に立ち向かった数学者の思いと悩みが,これまたまるで我が思いであるかのように身にしみてくる。特に,フェルマーの定理を証明するために大きな功績となった「谷山=志村予想」を立てた,日本人数学者・谷山豊(とよ)が自死を遂げた後,その志を継ごうとした志村五郎の奮闘のくだりは,そんな事実を知らなかっただけに余計に心が動いた。とにもかくにも,読者を飽きさせない筆致は,原作者のなせる技か,翻訳者の力量か。


読み終えて,数学の世界の厳密さを実感することしばしだが,真理により近づくための方策は,同じ科学に没頭している身として,我々実験科学の世界にも十分通用することだろう。大いに参考にしたいものだ。それにしても,この「厳密」さたるや,すさまじい。まあ,それが魅力なのだろうけれど。


現役引退した老後の楽しみは,「数学」だな・・・と心動かす一冊。